悲しみに 沈めば底なしだけれども 「和田慎二先生に」

2011年7月21日 at 2:04 午後 2件のコメント

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書き始めては息を詰まらせ頓挫、をくりかえして
もう、こんなに日々を重ねてしまいました。

自分なんかが何を苦しんでいるのか、書けないならば黙っていろ、
と自身に命ぜられても、放棄して安楽になれるものではないのです。

ちゃんと言葉にしないと、ここから一歩も動けない、と思いました。

文章での「表現」には到底至らず、
単なる思いの吐露になりますかもしれませんが、
どうか、通読に値せず、と判じられました折は、
その先お見逃しください。
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社会的ヒキコモリの傾向が顕著な私は、
「そんな」でありながらも、途切れずある、
消滅せずにおいてくださっている、
世界(人様)との貴重なつながりを、
「そんな」でありますがゆえに、
闇の中に明滅する光のように、星のようにとらえて愛おしみ、
大切に思っておりました。

和田慎二先生との、
年賀状をお送りし、お返事を頂く、
それだけの、しかし、長年の嬉しいつながりを、自分が
ひとり心の中で、いかに大きな光とし、
大切な宝ものと思い、それに
どれほど覚えず心をよりかからせて頂いておりましたかを、
先生がこの世界から去ってしまわれる、というかたちで
突然その機会を失うことによって、
思い知らされることとなりました。

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一読者、一ファンでありました私が、
そのようなつながりを賜ることになりましたのは、
かつて一度、如何なるはこびでか、ご縁あって、
和田慎二先生のお宅に伺う機会(!)を頂いたことがあったからです。

あらためまして、なんで!?なんで
オマエなんかにそんな機会が!?
と今でも思うところなのですが…
なんとなれば、

幼き少女の頃には、おコタでホクホクまんがを読んでて、
「契約書によけいなハンコを押すと、訂正印を押したとみなされ、
 契約内容をあとから書き換えられてしまうかも…信楽老に」
というイキナリの実録!な闘争のお教えに
ひえぇぇー!!と震撼し(今でも気をつけてます。
『お嬢さん社長奮戦中!! 』より。
初出 デラックスマーガレット 1972年/春の号
『銀色の髪の亜里沙』各版に収録の)、
『わが友フランケンシュタイン』のサイラスのやさしい心に涙ぐみ、
長じては、まんがに憧れてはじめて投稿した少女まんが誌
(1回目Bクラス、2回目Cクラスという惨憺たる…)
の大看板漫画家先生であり、先生あってその雑誌が斯く存立している、
もう、なんと申しますかもう、「少女まんがの王様」ですよ。
少女まんがの女王様、姫君はあまた思いうかびますが、
「少女まんがのおうさま」でひらめくのはもう、和田先生ですよ。
その和田先生の御宅に!?

もう、硬直緊張、
「やらかす、やらかすオマエは
 憧れてたり尊敬してたり、すごいとか、思ってる方の
 御前に限ってよりによって悲しいかな、ぜってぇやらかす」

…の呪い念仏が耳の奥に轟き、
憧れの方を前にして、
「いっそ消えてしまいたい、逃げたい、彼方へ」
という状態になってしまい、これが
いつもの、毎度の、例の如くの
失礼な挙動言動を生み、
失敗をすることあまた、な自分の人生、
でも、ああ、和田先生の御前でそれをやらかして、
今後先生の御作を拝見するたびに
辛いきもちなってしまったりしたら(ああ)?
ことに及び、
そんな急迫を示す過度の自らの緊張状態を
同行の編集氏に伝える術もなく、
真っ白になりながら、先生のお部屋に向かいました。

お部屋の重厚な木製の書架の列の奥の
大きなお机に先生がいらっしゃる、その御前の椅子に
こしかけさせて頂いたときには、もう、
泣きそうで、半逃げのかまえでありました

でしたのですが、

やおらお優しくにこやかに、
「や~『(ある拙作)』読みましたよ。ラストですこし泣きました」
と、先生がおっしゃってくださったのを伺ったとたん、本当に
本当に、かけさせて頂いてた椅子ごと、うしろに
ひっくりかえりそうになりました。

先生。(嬉しかったです。お気遣いでこの日の邂逅のために
お読みくださったのだとしても、いや、そうだとしたらまた別の方向から、
なんであれ、ものすごく、信じられないくらい本当に嬉しかったです)

突然のお言葉に恐縮の旨まくしたて、幼き日より一読者として
御作を楽しませて頂いてきたことをお話し申し上げつつ、
編集氏ともどもサインを頂いて(!!)、いつしか、懼れや不安は消え去り、
喜びと幸福なきもちいっぱいで、感謝しきり、
ありがとうございます、ご多忙の中、本当にありがとうございます、と
エビのような姿勢でその場を辞し、訪問をなし終えたのでした。

先生。(その節は本当に本当に、
何重もの意味で、どうもありがとう御座います)

それをご縁に、年頭のご挨拶をお送りし、
お返事を頂き、がはじまったのですが、
いつも添えられてありましたお一言に、
お嬢様がご結婚なさった年あけの
お慶びが溢れていたり、
「がんばってください」
のお一言でも、
自分が「ダメだ、どんどんダメなかんじに
消耗し果てていってしまっている…」と感じておりました年には、
「がんばってください」っっっ(←汗)
とあって、「ああー、こんなでもって誠お恥ずかしいかぎりで、
申し訳ありません。が、がんばりますー(泣)」となったり。

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今年、拙作『電波オデッセイ』第1巻が刊行成り、
先生にお送りさせて頂きました折、
ご返礼として恐縮至極にも予期せぬ頂き物をしてしまいました。
また、それに添えてのお手紙に
いともあたたかいおことばが。
拙作お送りできますことだけでも嬉しく感謝至極ですのに、
お読み頂き、賜った
誠もったいない身に余るお言葉に
感謝と申し訳ないような気持ちがないまぜになってあふれ、
むせび泣きました。

少女時代からの和田先生のファンであられた担当氏とともに、
第3巻のオビにそのお言葉を載せさせて頂けたら…
という夢がもりあがり、先生のご許諾を頂くべく、
私が希望の旨をお伝えすることになったのですが、
電話で、などということが無理な(本当に緊張しぃの
あうあうあがり症のコミュニケーションダメ人間なのです)私は、
ファクシミリにその旨したため、先生にお送り致しました。

そうして、ご快諾のファクシミリを賜ったのですが、
今、思えば、なんとだいそれたお願いを…
あのときなんであんな勇気が…と冷汗三斗です。
それだけ、賜ったお言葉に感激しておりましたのです。



ご快諾のファクシミリへの感激
(そのファクシミリで、かつてお宅に伺った際に言及頂いた
 拙作のことにもふれてくださったのですが、あろうことか、
 わざわざ拙作の題名をとっさに思い出されなかったことへの
 フォローファクシミリ=上はそのご署名部分、までも別途頂いてしまったことへの、
 とびあがるような恐縮も含んでおります)

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お言葉を載せさせて頂きました巻が刊行あいなり、
取り急ぎのお礼を本とともにお送りし、
感謝至極、恐縮至極の申し訳ないきもちの埋め合わせを、
これから時間をかけて、と、こころづもり致しておりましたさなか、

信じ難い、受け止め難い報を目に致しました。

名状し難い感情に、久しく振り回され喘いでおりましたが、
今、例えますならば、

目の前に突然向こう岸の見えない大きな穴があいたかのようです。

今でも、覚えず思考の道筋を、暗い方向へとってしまいますと、
たまらず混乱致します。

重ねて、ご命日が、自分の誕生日と同じ日に。

たとえ「オマエなんかカンケーない」
「何百万の何千万のたくさんのファンの方々のなかの
はるかビリのほうにならんでるひとりだ」と、
嗤われたとしても、それが本当で
自分のこんなきもちには
社会的に何の意味もなくとも、
一生、年を重ねる毎に、この夏の、
この今の思いが今の鮮やかさをもって甦るでしょう、
もう、永遠に心から消えることはありません。

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でも、

「忘れられないこと」を
辛いこと、苦しいこととしてとらえず、

先生に「おめでとう」とおっしゃって頂いたことを
忘れずに、思い起こす度、自分がこんなでありながらも、
こんななのに、先生が、いい方だから、お優しいから
「お医者様が人を助けるのは、相手が利のある人だから、
 でなく、問題を抱え、困って苦しんでいる人だから」
といったふうに
賜ったご恩と、祝福と考え、
身に余ることと深く感謝し、

折あるごとに先生が、この世界にとって、日本にとって、
いかに大切でどんなに大きなことを成し遂げてこられたかを、
もう、それは数多優れた方々によって
言葉にされてきたことだけれども、
自分の真実として確信しうる範囲に於いて、自分の言葉で、方法で
いつまでも、いつも新たな思いのように、
表させていって頂けたらと思います。

それによってのみ、
お伝えしきれなかった感謝や、
身に余るだいそれたお願いに
お応え頂いたことへの申し訳ないきもちが、
贖われてゆくのではないか、と思います。

先生、どうかお許しください。

頂きっぱでろくなお礼もお伝えできていない私を
どうか、どうかお許しください。

此度の震災での被災者の方々と、
なでしこジャパンの「力」の高めあい、増やしあいの奇跡を
過日目の当たりにし、
悲しみ限りない、こういう状況下だからこそ、
出せる、沸き起こってくる「力」が
人の中にはある、ということを、思いました。

悲しみに、沈めば底なしだけれども、
人の中から奇跡はおこる。
すべての「人」に不思議な救いの可能性が内在している。

悲痛な思いを経て、生まれる「力」が、強さが人の中にはある。

それは、先生が御作のヒロインをとおして描き続けてこられたことですよね。

そのことを真実として心に抱き、
先生の千分の一も闘っておらぬ、
うずくまりがちで弱々のダメな自分でありますが、
そのままであってはいけない、硬直して居る場合じゃない。
先生に対して恥ずかしい。
このままうずくまってはいられないと右往左往致しますきもちが
和田先生とのこの世界でのえにしが、
いきなり目の前にあいた大きな穴を、それを埋めなければと
必死になりますことが、

いつか、自分にとって、不思議や奇跡に結びつきますように、
祈り、信じてがんばります。

これからも、多くの方々が、
先生の御作を読んで感動し、好きになることで
えにしを得られ、いつまでも、絶えることなく、
結びつきを、つながりを
増やし続けられるのだと思います。

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Entry filed under: お祈り, まんが, LOVE!.

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2件のコメント Add your own

  • 1. オデッセイ、原さんすきです。  |  2011年8月4日 7:36 午後

    こんにちは
    はじめまして
    あなた様のマンガ電波オデッセイよませていただきました。
    かなり元気がわきます。そして思わず笑顔が…..
    私は永野せんせのマンガ好きです。
    元気をもらってます。
    せんせも、^^たくさんの方から元気ゲットしてください。
    幸アレ!!!
    失礼しました。

    返信
  • 2. 永野のりこ  |  2011年8月7日 11:24 午前

    オデッセイ、原さんすきです。様 

     私の弱いカサカサな心に、ばら色の泉のごとくに元気がわきあがって参ります、優しくあたたかいお言葉、本当にどうもありがとう御座います。
    『電波オデッセイ』を読んで頂けましたこと、そして、受けとめて頂けましたことの喜びと感謝を、あなたさまに幸アレ!のお祈りにさせて頂きます。
    いっぱい幸アレ!!
                                      永野のりこ

    返信

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